ホームへ戻ります シネマトップへ updated(first) 03/04/2003 last updated


特集: 生涯五指には入るこの映画!

Intoroduction

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(11) KEN さんのレビュー
コンタクト (1997/アメリカ)
監督  : ロバート・ゼメキス
出演  : ジョディー.フォスター、 マシュー・マコノヒー、ジョン・ハート、
ジェームズ・ウッズ、トム・スケリット、デヴィッド・モース、ロブ・ロウ、他


ベスト5と言う事で、色々考えましたが、ジャンルごとにそ
れぞれあって、とても絞りきれません。100本選べと言われ
れば選べるような気もします。そこで、ジャンル的に私の好き
なSFで、この10年の内でベストだと思う「コンタクト」を
選びました。

 原作は「コスモス」で有名な天文学者カール・セーガンの唯
一の小説にして大ベストセラー。それを「フォレストガンプ」
でアカデミー賞を大量受賞したR・ゼメキスが、J・フォスタ
ー、マシュー・マコノヒー、トム・スケリット、ジェームズ・
ウッズ他の賑やかな顔ぶれで映像化した、渾身の一作です。

 ゼメキスの代表作と言えば、「バック・トゥ」シリーズ、又
は「フォレストガンプ」ということになると思います。本作は
公開時に、話題作ではありましたが、それほど高い評価をうけ
ていたわけでもなかったと思います。
 しかし、この作品は間違いなくこの10年間に作られたSF
映画のベスト作品の一本なのです。

 原作は未読なので、映画についてだけ書きます。ですから、
ひょっとすると、私が述べる事の大半は原作の面白さかもしれ
ませんが、その点はご容赦願います。又、本作はいろんな面白
さが、全編に渡って散りばめられているので、ストーリーにそ
って、思いつく限りの事を詳細分析という形で書きます。

ですから超ネタバレしております。






 さて、前置きが長くなりましたが、この「コンタクト」、全
編を貫いているのは、宗教(神)と科学(知性)というテーマ
なのです。
 

 映画は、地球の周囲を回り、飛び交う電波を聞かせながら、
銀河へとカメラが引いていくという、超パノラマカットから始
まります。映像と音響の効果を知り尽くしたゼメキスならでは
のスペクタキュラーな絵作りです。しかも、遠ざかるにつれて
、聞こえる電波(ラジオ放送)は過去へと遡る。後に異星人と
コンタクトしたシーンへの伏線とも言える始まりです。。

 そして、いよいよ本編です。
 ファースト・カットは少女の目。広大な宇宙が、彼女の目の
超クローズアップへと繋がり、本作のドラマを暗示します。こ
の大胆なカット変わりのダイナミズムに、ゼメキスの本作にか
けた意気込みがうかがえます。

 父と二人暮しの少女エリー(後のジョディ・フォスター)は
、ハム通信に凝っていて、交信できた喜びのあまり、その日の
通信相手の場所ペンサコーラの絵を描き、父に見せます。それ
は海岸に椰子の木が茂るという絵でした。
 これが後に重要な意味を持つ事になります。
 
 成長したエリー(ジョディ・フォスター)は、幼い頃からの
夢である異星人からの電波(通信)をキャッチするという研究
に従事します。
 しかし、この科学と呼べない代物に、お偉方はなかなかいい
顔をしません。巨大なパラボラを独占している彼女にも、風当
たりは強いのです。トム・スケリット演ずる大統領の科学顧問
ドラムリンとの戦いが、ここで早くも提示されます。この戦い
のドラマが、人間ドラマ部分を引っ張る事になります。

 又、エリーは、宗教家であるパーマー(マシュー・マコノヒ
ー)と出会い、二人は互いに引かれるものを感じ、関係を持つ
事になります。
 彼とのベッドの中の会話でも、彼女が神(宗教)を信じてい
ない事が語られます。彼が発する「地球人しかいなかったら、
宇宙空間が勿体無い」という父と同じ言葉や、エリーの心の孤
独に触れる会話も、シナリオと演出の凄さを感じさせます。更
に、宗教家のパーマーが神を感じた瞬間の事を話したときに、
「あなたがそう願ったという、思い込みじゃないの?」という
エリーのセリフは、後の委員会での彼女への追及へと繋がる重
要な意味を持つセリフとなっています。本作の特徴は、後半へ
の伏線となるセリフが、周到に張り巡らされていることです。

 パーマーとの会話から、エリーは、父の死んだ日の事を回想
します。
 それは彼女が天体望遠鏡で星を観察している夜に起りました
。父との星座観察は、父の愛情に包まれて育ったエリーの、も
う一つの楽しみでした。その最中に父が持病の心臓発作で死ん
でしまうのです。
 父の葬儀の日、彼女を慰めようとした神父の言葉「神の意思
だ」という言葉に、幼いエリーは反発します。「私が薬をそば
に置いておけば、こうはならなかった」と。ここでも、科学と
宗教がフィーチャーされます。
 情感溢れるつくりなので、うっかりすると見過ごしてしまい
そうな、さり気無い仕掛けです。お見事。

 父の死を悲しみ、独りぼっちになったエリーは、ハム通信で
聞こえるはずの無い父に呼びかけ続け、場面はその声が現在の
パラボラにダブって、回想シーンが終わるという憎いシーン変
わり。
 そこにもたらされる、科学顧問ドラムリンが彼女の研究打ち
切りを決定したという知らせ。最初のドラマ的な盛り上がりへ
の、急転直下の展開です。情感のあるシーンから、一転して対
立する二人の激情的なシーンへの場面転換も、パーマーの電話
番号をゴミ箱に捨ててしまうエリーの行動と、車のダイナミッ
クな使い方でスムーズに移行し、観客の心理を引きずりまわし
ます。
 科学顧問ドラムリンとエリーの議論が伯仲し、彼女の将来は
不安へと突き落とされます。

 この冒頭部分に、本作のテーマがほぼ全て凝縮されています

星、通信、宗教、神、父(愛するもの)、死、運命や神を信じ
ないエリーの強い信念、そして夢を追う彼女の前に立ちはだか
る保守的な人々です。しかし、一方でエリーは人間としては孤
独な生き方をしていて、人付き合いが上手くないという彼女の
内面にも踏み込んでいます。
 最も重要なのは、ペンサコーラの絵と父親です。これはラス
トで、見事に生かされることになります。
 少女時代を演じる子役(美少女!)の演技も素晴らしいもの
がありますが、とにかく星空と周囲の森など、自然の綺麗さに
圧倒されます。これは、後半がメカニズムや人工建造物へと舞
台が移っていくので、ビジュアルとしての変化を狙ったものと
思われます。
 
 映画は、構成で決まる、というのが私の意見です。

 その意味で、冒頭部分の主要人物の際立たせ方(盲目の研究
者のキャラクターなど絶品)、科学顧問ドラムリンとの対立の
提示、主人公であるエリーの生き方の説明の手際よさは目を見
張るものがあります。
 又、本作では、テーマとなっている科学と宗教というハード
な題材を、父の死と恋人を使うことで、一般観客がすんなりと
映画に感情移入できるように工夫されています。しかもこれが
ラストまで効いているのですから、シナリオも演出も見事とし
か言いようがありません。
 ちなみに映画が始まってからの20〜30分は、基本的に観
客は説明という事を暗に了解しているものです。しかし、面白
い映画とは、それを感じさせずに進行するものだと思います。

 
 こうして予算をカットされたエリーは、研究基盤を失い、自
らスポンサー探しに奔走します。大企業の人間たちに説明して
も理解してもらえないエリーは、カッとして、わめき散らして
しまいますが、これが功を奏して、100万ドルを手に入れま
す。
 この部分も、よくある手ですが、面白い部分です。彼女がカ
メラに向かって手を振り挨拶するところが、ユーモアたっぷり
のゼメキス演出。
 そのカメラの背後にいるハデンという謎の人物(ここでは登
場しませんが)は、モデルがハワード・ヒューズなのは明らか
です。この後、二回、彼の存在が映画を大きく飛躍させていく
のですが、その前哨戦ともいえる展開です。彼の登場とその飛
躍のダイナミズムは、正に物語の醍醐味です。

 いよいよ研究再開。しかし、これは宇宙の星々を一つづつ潰
していくという途方も無い作業です。これに四年もかかってし
まい、またもや科学顧問が訪れ、タイムリミットが宣告されま
す。広大なグランドキャニオンで悲しみにくれるエリーの姿が
印象的です。

 その夜、エリーは知りませんが、かつて一夜を過ごした宗教
家M・マコノヒーが大統領の宗教顧問になってテレビ出演し、
その中で「人間は科学技術の力で、本当に幸福に暮らせるよう
になったか?」と問い掛けます。この言葉が、観客にだけは分
かるのですが、異星人のコンタクトのきっかけを作っていきま
す。本作の重要なメッセージであり、後の二人(エリーとパー
マー)の運命を暗示するセリフでもあるわけですが、観客をい
よいよ始まるぞという気分にさせます。
 そして、深夜。一人で観測を続けるエリーの耳に、遂に異星
人からのコンタクトがあります。それは、ただの雑音のように
聞こえますが、コンピューターのフィルターをかけ、しだいに
何かの意味を持つものだと分かっていくのです。
 それまで貯めに貯めたものを一気に解き放つ、ぞくぞくする
ような高揚感のあるシーンです。
 「未知との遭遇」は、音楽での接触でしたが、本作の最初の
接触は数字、素数でのコンタクトです。これは説得力がありま
す。宇宙で唯一絶対のもの。それは数だからです。しかも、素
数の概念があるという事は、彼らが知的生命体だという証明に
なるからです。
 このシーンの興奮度は120%。ありとあらゆる映画の手法
を使って、前半最大の山場を盛り上げるゼメキス演出に、うな
らされる事間違いありません。

 地球規模の大発見に、政府と軍隊が登場しますが、この発見
を危険視するのが安全保障担当の大統領補佐官ジェームズ・ウ
ッズ。その憎たらしさは尋常ではありません。まさに適任のキ
ャスティング。しかも、T・スケリット科学顧問が来て、彼女
の発見を横取りしそうになるドラマの展開も忘れていません。

 もう一つ興味深いのが、コンピューター解析された異星人の
通信内容。なんと、フィルターをかけて出現するのが、ヒット
ラーのぼやけた映像と、演説なのです。科学顧問ドラムリンは
これを、地球最初のテレビ放送だからだと解説し、周囲を安心
させますが、観客もこの映像が出現した時には度肝を抜かれま
す。トリッキーで素晴らしい展開です。
 この場面に、人間の攻撃的な性質への痛烈な批判が込められ
ている事は、言うまでもありません。

 そうして解析が進むうちに、通信の中に音声とは別のデータ
が含まれていたことが判明します。これの解き明かしに協力し
、科学顧問に発見を横取りされていたJ・フォスターことエリ
ーを救うのが、奇人の大金持ちハデンです。この人物のユーモ
アたっぷりの会話も非常に楽しめるものです。
 暗号は、人間をどこかへ輸送するための機械の設計図である
ことが判明し、映画はいよいよSFの世界に入っていきます。

 地球規模の大発見の大統領発表、そしてパーティーなど人間
臭い場面が短くユーモアを織り込んで描かれ、全地球規模で何
百兆ドルもの予算が計上され、そのメカが建設される事になり
ます。
 途中で、このプロジェクトに反対するグループがさり気無く
紹介されますが、この先売りは曖昧で見逃しそうになるほどで
す。が、そのおかげで後でビックリする羽目になります。
そして、次の課題はこの一人乗り輸送機に誰が乗るか、という
ことです。

 コンタクトまでが第一部とすれば、この暗号解読とメカの建
造、乗員の選考会は第二部です。
 ここでも、エリーと科学顧問ドラムリンが対立し、二人の争
いになります。しかも、最終選考会でエリーに質問をぶつける
のが、かつて一夜を共にし、彼女が女として心を許した宗教家
のパーマーなのです。
選考会の前に、二人の印象的な会話があります。
「証明できないものは信じない」、という彼女に対し、「では
、君がお父さんを愛していた事を証明してみてくれ」と言うく
だりです。勿論、愛に形はありませんから、証明など出来ない
のです。これが次の見せ場、選考会シーンの重要な伏線になっ
ています。

 「あなたは神を信じますか?」選考会で、エリーが神を信じ
ていない事を知っているパーマーは、彼女にこの質問をぶつけ
ます。彼女は証明できないものは信じないと、答えるのです。
科学者として当然の答えのように感じます。ところが、選考委
員から異議が出されるのです。地球人類の90%は何らかの形
で神を信じていると。今回の輸送機に乗るのは人類の代表でな
ければならないのです。つまり彼女は不適格の烙印を押されて
しまうのです。
 エリーは、大発見の立役者なのに、それに反対していた科学
顧問のドラムリンにその座を奪われてしまう、この運命の皮肉
。そして引き金を引いたのは、好意をもっている相手という構
図も秀逸です。
 観客の予想を裏切るドラマ展開に、一体どうなるのか、ハラ
ハラさせます。

 プロジェクトは着々と進行し、ハデンの会社がプランを練り
、巨大な輸送機が完成していきます。そのデザインも秀逸です
し、建造場面の壮大な景観は、まさに映画の醍醐味。
 しかもその試運転のときに、何百兆ドルもかけたこのメカが
、なんと反対派のテロで破壊され、科学部長は死んでしまうの
です。このシーンのスペクタクルも、CGや特撮を駆使した凄
い見せ場ですが、その展開の凄さに呆気に取られてしまいます
。何年もかけた莫大な予算のものが、再び作られるとい事は無
いからです。

 失意のまま帰宅したエリーの部屋には、何者かが侵入した痕
跡があります。テレビをつけると、そこには又もや、奇人金持
ちのハデンが映っているのです。しかも何故か、天地が逆のユ
ーモア。彼はガンの進行を遅らせるため、ソ連の宇宙ステーシ
ョンにいるのです。
 ここでハデンが衝撃の発言をします。実はもう一台、あのメ
カがあるというのです。既にガンに侵されたハデンが、彼女に
最後の夢を託そうとしたのでしょうか、政府の仕事を受注した
時に、もう一台密かに同じ物を建造していたのです。その場所
が北海道。これは笑えます。

 第二部でも、科学と宗教というテーマに基づいて、様々なエ
ピソードが語られますが、観客の予想を裏切る展開と、時折り
挿入される大スケールの映像で、まったく飽きることがありま
せん。

 そうして映画は、大いなる感動と高揚感をともなって、エリ
ーの幼い頃からの悲願ともいうべき、異星人とのコンタクトと
いう第三部に突入します。

 このシーンの冒頭の荒波をかき分けていく軍艦と、エリーの
乗る垂直離着陸機のダイナミックな映像が、観客の気持ちをラ
ストへ向けて盛り上げていきます。ゼメキス18番の快感映像
です。

 嵐の海上に建設された巨大なメカ、何十人もの係官がいるコ
ントロール・ルームなどがこの壮大なプロジェクトに迫真のリ
アリティを与えています。この後、エリーの控え室が登場しま
すが、ここはおかしな日本描写で、笑えます。まあ、ご愛嬌と
いうことです。
 ここに一人の男が訪れます。それは選考会での質問の真意を
伝えにきた宗教家のパーマーです。彼は、エリーを愛しており
、彼女を失うのが恐かった事を告白します。
 そして、彼は、彼女と初めて会ったときの思い出の品、キャ
ンデーのオマケの磁石(コンパス)をプレゼントします。彼が
、長年持ち歩いていたということも泣かせる設定ですが、どこ
に行くのか、どうやっていくのか、本当にメカは輸送システム
なのか、何も分からない危険な旅に出る彼女に、コンパスを渡
す、ということが意味深です。そして予想通り、このコンパス
が重要な役目を果たす事になるのです。

 いよいよ実験開始。不思議な形のメカが作動していく様子は
、カットバックによる映画の見本のような緊張感溢れるシーン
です。時折り挿入されるメカの全景が、スペクタクルな見せ場
となって、興奮は最高潮に達します。ここでも実験中止の危険
な出来事が起ったりと、色んな仕掛けが矢継ぎ早に登場し、一
瞬も気が許せないくらいの本編最高のクライマックスを作りま
す。こういうシーンではとことんやるのがゼメキス流。「バッ
ク・トゥ」のラストを思い出します。
 特異点(ブラックホールみたいなものです)に突っ込んだ彼
女のポッドは、これを送り込んだ異星人たちが気の遠くなるよ
うな過去から使っているものです。宇宙中に張り巡らされたそ
の高速道路を通って、彼女は異星人に会うのです。ハードSF
では、おなじみの設定ですが、これほどの大作でしっかりと見
れるのは、嬉しい限りです。
 途中で、設計図どおりに作らなかったために、エリーが死に
かけるエピソードがあり、そこで例のコンパスが活躍します。
彼女が座っていたイスが、立ち上がった瞬間に、天井に叩きつ
けられるショック演出に、思わずニヤリとさせられます。

 異星人の作った宇宙の中継地点での、目の覚める様な宇宙創
生のビジュアル。エリーは、感動に打ち震え、「来るべきは、
私でなく詩人だった」とつぶやきます。彼女の予想を越えた景
観の数々、それは彼女の中に『神』の存在を確信させたと言っ
ても良いのではないでしょうか。それが詩人という言葉になっ
たような気がします。このときのJ・フォスターの表情はこれ
までの演技の集大成とも言える最高の表情を見せます。

 ある星に降り立つエリー。そこには、静かな浜辺と椰子の木
があります。そう、幼い日に彼女が描いたペンサコーラの風景
そのままなのです。しかも、向こうから歩いてくるのは、彼女
が愛した最愛の父なのです。
 これは宇宙人類として、まだ幼い地球人の彼女を驚かさない
為の、異星人たちの配慮なのですが、過去の色んな経緯と相ま
って、感動的なシーンです。
 もしも、ここで「未知との遭遇」や「AI」のような異星人
を登場させたら、大半の観客は白けたことでしょう。何故なら
、人類よりも遥かに進んだ異星人は、肉体や時間からの束縛も
ないはずですし、それは我々から見れば『神』そのものに他な
らないからです。
 こうしてコンタクトに成功し、再び彼女は地球に帰っていく
のです。

 ところが、ドラマはここで終わらないのです。これがこの映
画のすばらしいところです。手法は「キャスト・アウェイ」で
す。

 帰還した彼女を待っていたのは、保守的な人々の懐疑的な質
問だったのです。
 実は、彼女の乗るポッドは、巨大なメカの上から下へと落ち
ただけなのです。それはしっかりとビデオにモニターされてお
り、僅か数秒間の出来事だったのです。ただし、地球にいる人
々にとってですが。
 科学者の彼女は、国会の委員会でも証言を求められ、「思い
込みではないのか?」と迫られます。なすすべのない彼女は、
それを否定し続けますが、追及するジェームズ・ウッズの強硬
な質問に、そうかもしれないと言ってしまいます。このくだり
も二人の迫真の演技が見物です。

 失意のまま委員会を出た彼女の周囲には、彼女を信じる人々
が大勢待っています。そこにパーマーが現れ、彼女を抱き、皆
に宣言します。「宗教と科学という違いこそあれ、私と彼女の
目的は同じだ。それは真理の追究だ」と。人間ドラマの結末と
して、最高の感動的なシーンです。

 エピローグで、彼女が体につけていたビデオの事が大統領補
佐官同士でかわされます。彼女の滞空時間は10秒だったはず
なのに、彼女のビデオテープは何も写してはいないけれど、数
時間分回っていると。これは極秘裏に処理されますが、彼女が
体験した事は真実だと言う証拠だったのです。

 エリーのことを庇い続けた女性補佐官のアンジェラ・バセッ
トの配慮なのでしょう。エリーには新しい、仕事が与えられる
ことになります。
 ラスト、エリーが子供たちに宇宙のことを教える姿も、余韻
を残して後味が良い終わり方です。

 異星人とのコンタクトを扱った作品は無数にあります。そし
て「2001年」や「未知との遭遇」「アビス」などの傑作、
名作もあります。小説の世界では、さらに多くの作家が語って
おります。
 ともすれば安易な特撮に頼ったお座なりの人間ドラマ作品が
多い中で、本作の持っているフィロソフィや、その壮大なプロ
ジェクト・シミュレーション、そしてエリーを中心とする人間
ドラマなど、まさに真打とも言える出来だと思います。
特に、幼い頃に両親を亡くし、実証主義というある意味で孤独 な
生き方を選択した主人公エリーが、保守派の人々の偏見と戦 い
ながら自らの夢を実現していく姿は感動的です。しかも、そ の夢が
実現した時、彼女の中で自分の生き方までもが変わって しまうような
体験をしてしまうところが、本作の凄いところだ と思います。 「未知
との遭遇」「アビス」をもしのぎ、伝説の「2001年」に迫
る作品だと思うのです。
 この作品の面白さは、一回だけでは見逃してしまいそうにな
るような無数の伏線と、力強いテーマ、そしてそれを全体とし
ては骨太な構成の中に、見事にちりばめたシナリオの力による
と思います。
 それを、ほぼ完璧なキャスティングと、見事な映像センスで
仕上げたゼメキスは、只者ではないと思います。私が紹介した
のは、この作品の素晴らしい部分の一部にしか過ぎません。名
コンビのアラン・シルベストリによる、時に叙情性に溢れ、時
に壮大な音楽、さらに効果音までにも繊細な神経が使われてい
るのです。
 未見の方には、是非オススメしたい一遍です。

最後までお付き合いいただいた方、ありがとうございます。



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