updated(first) | 01/15/2003 | last updated |
特集: フィリップ・K・ディック
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(6)ディックの長篇小説レビュー :特別寄稿 モグさん今回の特集にあたり、モグさんから特別寄稿文をいただきました。レビューは「モグの箱」に載っている文を快く転載させていただきました。 レビュー・高い城の男 ・火星のタイム・スリップ ・暗闇のスキャナー ・ティモシー・アーチャーの転生 ディックは心の師匠でした
ディックを夢中で読んだのは、実は20年ぐらい前の大学生の時です。苦悩の ために苦悩するような暇な学生でしたから、この世の不条理になんとか理由をこ じつけようと躍起になってるようなディックの小説はとても面白く、夢中になり ました。それに、生来自分の空想の中に閉じこもって何時間でも遊んでられる私 には、ディックの描くグロテスクな世界が、よい食事となって、私の空想世界を 広げてくれるのです。(まぁ、そうやって空想のネタを本から得るあたりが、私 が発狂してない証拠でよかったんです)。ディックのいいところは、そうやってあちらの世界を描いたとしても、主人公 が最後には現実の世界に帰ってくるということです。キリスト教を元にしたダイ ナミックな世界観とそう言う土台の上にのせられた現実に、私はとても豊かなも のを感じました。私の精神は破滅型に近いところがあったんでしょうね。でも破 滅したくない気持ちも強かったから、ディックの作品を読むことで、一緒に飛ん でいって帰ってこられるのがよかったのかも知れません。私が現実的に生きようと決心したのはディックの小説のせいばかりでもないん ですが、影響が大きかったことは事実です。でも、最近は飛んでいって帰ってこ ない物語が増えてるそうですね。ま、それはそれで良いときもあるんですが。 |
★感想 |
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SFといっても、それらしいアイテムは全然なくて、登場人物の心理描写は主流小説そのままです。まぁ「易」が多用されてるところとか、第2次大戦で枢軸国側が勝った後のアメリカが舞台という点が、SFらしいといえばそうなんですが。ディックの登場人物には、必ずと言っていいほど統合失調症やらヤク中やら出てくるんですが、この作品にはそう言う危ない人は出てきません。代わりと言ってはなんですが、中心的な人物に日本人が出てきます。でもこの話の中ではどことなくつかみ所がなくて、中心的な人物の割りに影が薄い感じだし、ほんとの日本人とは全然違っています。それは今の日本人には戦争に負けたという事実が、民族の方向性を決定づけた出来事だからなのでしょう。それからこの作品世界は「易」に完全に支配された世界です。占いをすれば、全員に同じ卦が出るんですから、現実の我々の世界とはちょっとかけ離れすぎてます。それを作品の中では易の神託によって、もう一つの世界、つまり私たちのホントの世界(連合国側が勝利した世界)の存在を知らせるあたり、もしかしたらどこかに別の歴史を進んでる地球があるのかも知れない、と思わせたかったのでしょう。でもパラレル・ワールドはSFにはよくある設定で、発表当時はどうか分かりませんが、今では驚きもなく読めてしまうんで、ディックらしい悪夢的現実崩壊感はかなり薄いです。でもまぁ、白人文化に憧れる日本人や、敗戦によってアイデンティティを失っていたアメリカ人がそれを取り戻すことや運命の翻弄されながらもけなげに生きようとする人々の苦悩などはよく描けていて、面白い作品ではあります。 |
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★感想 |
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決して終わらない苦痛の繰り返し。慣れることのない恐怖の感覚。地獄とはま さにそう言うところでしょう。そう言う世界に生きている10歳の少年。しかも 、彼は未来を見ることができる能力があるため、自分の感覚としては何百年もそ の中に生きているというのです。そして最後にはいつも、不死の自分が、肉体的 にも精神的にも苦痛の中に閉じこめられている所に行ってしまうのです。この少年は自閉症と呼ばれます。小説の中では彼の障害について「時間の感覚 に障害がある」というふうに説明されてます。それはある意味、目に障害があっ たり、耳に障害があったりするのと同じであるという事だと私は思いました。精 神障害者は人間にあらずと考えている人はたくさんいると思いますが、それは大 きな間違いで彼らは人の心を持っているのです。それどころか、絶え間ない苦痛 の中でそれと闘いながら生きている様子は、修験者のように崇高であるとさえ、 作者はいってます。主人公は今でいう「統合失調症」の罹患歴があり、この少年の苦しみには理解 がありました。それだけではなく、火星の移住者たちが蔑んでいる、火星の原住 民であるブリークマンの存在も尊重することができたのです。いつも見えている 現実が実は堅牢なものではなくて、ともすると全く別のものにもなりうると言う 事実を彼は身をもって知っていた。だからこそ、「正常」とは違うものでも尊重 できたのです。驚愕のラストシーンでは、「正常な」人々は耐えられずパニック を起こしてしまったのに、主人公は冷静でしかも礼儀正しく思いやりに満ちてい られたのです。ところで話の中で、少年が主人公のために、時間を操作して主人公を守ったと いわれるところがあるんですが、少年の描写では、強い混迷の中にいて、そんな ことをしたのか全然分からないです。本当に少年はタイムトラベルすることがで きるのか?そして自閉症の少年が、他人のために困難な仕事をするなんて事があ るのか?その辺は最後まで読むとわかります。そこがまた感動的なんですよ。だめと言われるもの、否定されるものの中にこそ、ほんとの強さや崇高さがあ るといわれたような気がしました。精神が壊れていても、人間が人間を愛すると いう事、思いやることや感謝することが壊れない方がずっといいです。ところでまさに「悪夢の世界」というにふさわしい描写なんですが、わくわく してしまうんですよねぇ。なぜ? |
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★感想 |
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ディックの小説は救いがたい悪夢の中に読者を閉じこめてしまいます。それは怖いと言うより、救いがたく悲しいのです。この話は近未来のアメリカが舞台になっています。そして信じがたいほど凶悪な麻薬によって悪夢はもたらされます。それらは空想の産物なんですが、でも、それは空想の仮面を付けた現実のことです。アメリカといわず、麻薬は人を滅ぼします。さらにこの小説では麻薬以外で人を滅ぼすものが出てきます。それは裏切りです。最も愛し、信頼していたものからの裏切りです。麻薬と裏切りによって一人の人間が完全に壊されるのです。でもそこには、実はものすごい陰謀があって、主人公はその陰謀を暴くための人柱にされるのです。私はディックの小説では、長編小説の方が好きです。短編のほうが、恐ろしくも悲しい悪夢の世界がよくまとまっているとは思います。でも、そんな悪夢の中で壊れていながら、人を愛することをやめない姿が、長編では描かれることが多いからです。愛されなくても、裏切られても、壊れてしまっても、愛することはやめてなかった主人公に、崇高なものを感じます。だから人は生きていけると。そしてこの小説では、そこまでも当て込んだ陰謀劇に、あらためて戦慄してします。ディックというと、神秘主義というか、宗教臭いというか、確かにそう言うのが多いんですが、この小説ではめずらしく、そちら方面はほとんど出てきません。難解なところは少ないし、2転3転するプロットも楽しめます。まぁ、ドラッグでらりぱっぱな人たちの話なんで、「裸のランチ」に近いところもあるんですが、こちらの方がフツーに読めますよ。 |
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★感想 |
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ディックの小説で一番好きなのはこの『ティモシー・アーチャーの転生』です 。この小説はSFではありません。でも私にとって愛読書で、作者がたまたまS F作家として有名なP.K.ディックだったって感じです。もちろん、それまでのディックの作品に通じるところはたくさんあります。統 合失調症の登場人物は出てくるし、神学論争はあるし、怪しい新興宗教の教祖も 出てくるし。でも悪夢のようなグロテスクさはないし、奇抜な未来の人工物など は出てこないんで、そう言う楽しさは全くなしです。飾りっ気なしの真剣勝負な 作品ではあります。大切な人が次々と死んでしまうと言う不幸に見舞われた主人公が、この理不尽 さの中からいかにして立ち上がって歩き出していけるのかと言う内容で、ありき たりと言えばそうなんでが、別な言いをすれば普遍的なテーマです。この小説の 救いは天国でも異次元でもなく、まさにこの現世なのです。知識と教養に毒され た主人公が、地に足をつけて自立して、そして誰かを愛することこそが真の救い であると結論を出したところが、私には感動的でした。なんせ、そこに至るまで にはごちゃごちゃと、小難しい神学議論が展開されてたんで(それはそれで、結 構面白いんですが)。遠くの天国と神さまより、生きてる私とあなた、ですよね 。 |
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