(2)トータル・リコール
「追憶売ります」
原題: We Can Remember It For You Wholesale,(1966)
(「マイノリティ・リポート」、早川書房、ハヤカワ文庫SF( amazon /bk1 )に収録。
新潮文庫「模造記憶」にも収録。)
ダグラス・クェールはしがないサラリーマン。妻のカーステンにも文句ばかり言われて生活に疲れている。そんな彼の最近の楽しみは「火星に行く」という子供の頃からの夢を実現させること。と言ってもそれは「リコール社」という会社が作り出したリアリティ溢れる「偽りの記憶」を植えつけてもらって、火星に行ったつもりになれるというものだった。
クェールはリコール社でマクレーン社長にサービスの詳細を説明される。彼の希望するストーリー、火星に潜入した秘密捜査官というストーリーを裏づけ、補填するリアルな小物も用意され、またこの会社に来たという記憶は全て消去され、火星への旅が本物としか思えないものになるだろう、とのこと。クェールは納得し、処置室へと入る。
その結果は意外なものだった。なんとクェールは本当の火星の秘密捜査官(インタープランという組織に所属していた)で、極秘任務後記憶を消されていた。そして「火星に行きたい」という希望、それはおそらく秘密捜査官となった動機でもあったのだろうが、だけは脳から消しきれずにリコール社を訪ねた、というのだ。
マクレーンらは震え上がり、クェールに丁重に帰っていただく。そこへインタープランが接触してくる。
「あんたがいまやわれわれにとって不都合となるだけのことを思い出したこと、それもわかってるんだ。」
火星に行ったという記憶、平凡なサラリーマンだという記憶、二つの記憶が脳の中に共存し、クェールは混乱し、カオスな状況にのまれていく。
これもディックらしい作品。記憶の不確実性、認識論、世界自体の不確実性などディックの作品のキーワードが詰め込まれている。タマネギの皮を剥くように現実世界が一つ、また一つと崩壊していく。そのさまはスリリングと感じられるかもしれないし、ユーモラスで笑えると感じられるかもしれない。
形而学的なテーマを扱っているが最後のオチもきれいに決まって後味は軽い。
さて「トータル・リコール」はこの原作をどう料理したか。次に見てみよう。
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